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ロンドン気ままなシングルライフ

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189日前
ポーランド旅行記の続き。

クラクフから車で1時間半ほどの距離にあるアウシュヴィッツは、日帰りで行くことができる。

見学参加方法に関しては下記の追記記事に書いておりますので、ご参考に。

私達はツアーで参加しました。
8時半頃ホテルにピックアップしてもらい9時過ぎ出発、夕方4時に戻ってきました。

道中のバスの中で、アウシュヴィッツに関するビデオが上映されるのですが、途中で寝てしまった。

アウシュヴィッツ強制収容所は第一強制収容所と、第二強制収容所ビルケナウ、さらには第三強制収容所モノヴィッツの3箇所を合わせた施設で、現在は第一と第二強制収容所が残っており、どちらも見学する。
見学時間は合計3時間半。

強制収容所はヨーロッパ各地にあったが、アウシュヴィッツは絶滅収容所 (大量殺戮自体を主な目的とした施設) としての機能も兼ねており、多くの人が連れてこられて即ガス室送りで殺され、最大級の犠牲者を出したところである。
即刻ガス室に送り込まれた人たちは、何の記録も残されず殺されたので、実際何人の人々が殺されたのかは不明である。
現在は、約150万人と言われている。
ただ、移送途中で亡くなった方もたくさんいて、犠牲者数は未知数である。

1979年、二度と同じような過ちが起こらないようにとの願いを込めて、世界遺産リストに登録された。

到着してからドライバーさんが、英語ガイドさんのところに案内してくれて、ガイドさんと共に入場。
セキュリティーチェックがあり、大きなバッグは持って入れないのでバスに置いておくかロッカーに預けます。

その後ヘッドフォンを渡されます。
これでガイドさんの話が少し離れていても聞こえます。

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第一強制収容所の門
ARBEIT MACHT FREI (働けば自由になる)と記されている。

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高圧電流が流れていた有刺鉄線。
わざとこの有刺鉄線に触れて自殺した人もたくさんいたそうだ。

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レンガ造りの建物が何棟かあって、幾つかの棟に展示物が入っている。

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ガス室で使われた毒ガス「チクロンB」

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収容者達のめがね

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収容者達のカバン

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収容者達の靴
代わりに木靴を与えられたそうだ

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記録の残っている人たち。
彼らは即ガス室に送られることはなく強制労働につかされた。
ろくな食事も与えられず、劣悪な環境だったため、約2ヶ月ほどしか生きられなかった。
あえて笑顔で写真に写っている人が何人かいた。
いったいどんな気持ちだったんだろうか???
悲しすぎる笑顔だ!

収容者はそれぞれ番号を与えられ、体に直接刺青で番号を入れられた。
消毒もされずに彫られたので、感染症を起こして死んだ人もたくさんいた。

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死の壁
この壁の前で銃殺刑に処された
これは復元されたもの

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1947年、初代所長ルドルフ・フェルディナント・ヘスが処刑された絞首刑台

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ガス室(復元)
天井にはダミーのシャワーヘッドがあって、運ばれてきた人は裸になりシャワーを浴びるようここに入れられた。
上から降ってきたのはシャワーではなくガスだった。

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焼却炉(復元)
ガス室のすぐ横にあって、死体を焼却していた。
その作業を行っていた人たちも収容者。
彼らも口封じのため数ヵ月ごとに処分された。


その後15分の休憩のあと第二強制収容所ビルケナウへ。
ビルケナウは約3キロほど離れているのでバスで移動。
個人で行く人は、施設内の無料シャトルが使える。

食事休憩はなかったので、サンドイッチ買ってバスの中で食べました。

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鉄道引込み線と門
この両側がプラットフォーム
ヨーロッパ各地から運ばれてきた人たちがここに到着した。
移送中はほとんど食料を与えられず、到着するまでに亡くなった人もたくさんいる。
そして生きて到着した人達は、ここで選別された。
小さな子供、老人、衰弱した者達(約70%の人達)は価値なしとされ、即ガス室に運ばれた。
プラットフォームの先には4つのガス室があったが、ナチスが証拠隠滅のため爆破して残っていない。

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ビルケナウは第一収容所と比べとてつもなく広い。
総面積は1.75平方キロメートル(東京ドーム約37個分)
ピーク時の1944年には9万人が収容された。

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レンガ造りの建物は主に女性棟だった。
アンネの日記アンネ・フランクもここに収容されていた。

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木造棟(復元)

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木造棟内部
馬小屋と同じ。
一応ストーブも作られていたが、燃料が与えられることはなかった。
最低気温マイナス20度まだ下がったこともあったそうだ。

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爆破されたガス室跡

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爆破された焼却炉跡

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別のガス室がったところにはモニュメントが立っている

これで見学は終了

たかだか73年ぐらい前にこんなことが起きてたなんて、信じがたい。
人間はなぜこんなにも残酷になれるのか?
ただユダヤ人というだけで、迫害され大量虐殺された。
いわれのない差別だ。
今、アメリカの大統領が一部の民族、国籍の人たちを排除しようとしている。
彼の言っていることはナチスの思想と何ら変わらない。
また人間は同じ過ちを犯そうとしているのか...

少しでも多くの人に見学してもらい、この施設が残されているわけ、
二度と同じような過ちが起こらないようにとの願いを受け取ってほしい。


コメント

ロンドン気ままなシングルライフ

作者:cheeky-chi

ロンドン気ままなシングルライフ

Londonで生活をエンジョイしている独身女性の生活日記。

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